2021/03/27 22:43


太平洋に面する Pacific Northwest (アメリカ及びカナダ太平洋岸北西部: 以下、PNW) に住む人々にとって海や川、湖は常に近い存在です。


中でもワシントン州、ピュージェット湾の川や湖では、9月から11月にかけて、産卵のために太平洋から遡上するサーモンを見ることができます。


今回は、PNWに根付くサーモンの文化、伝統、そして生態についてご紹介します。


(photo by kensington)


PNWの文化に根付くサーモンの存在

Mar.27.2021 by Taichi Uchiyama


サーモン(鮭)には、様々な種類がいます。


海に移動する品種(降海型)・・・サーモン(鮭)

川や湖に残る品種(河川残留型)・・・トラウト(鱒)


PNWに生息する降海型のサーモンは、河川で孵化したあと、産卵をするためのプロセスを開始します。河川と比較し、海洋生活では圧倒的に豊富な餌が得られることから、サーモンは降海するといわれており、河川残留型のサーモンやトラウトと比べると2〜4倍の体長へと成長します。


ここで、アメリカ北西部ワシントン州とオレゴン州の州境でもあるコロンビア川に主に生息するスティールヘッドを例に、河川残留型と降海型の品種を簡単に比較していきます。




スティールヘッドは、淡水型か降海型かで呼び名が変わり、海に移動する品種を「Steelhead: スティールヘッド」、川や湖などの淡水で一生を過ごす品種を「Rainbow Trout: ニジマス」と区別します。(photo by NOAA)


スティールヘッド:

淡水から海に移動することで、スモルト化と呼ばれる海水耐性を徐々に適応する必要があるため、身体が変化していきます。長距離を泳いで海へと下ることから、洗練されたスレンダーなボディーと大きく太い尻尾を持つほか、体色は鮮やかな色素が薄れ、銀色に変化します。


海では、何倍も大きい魚、またピュージェット湾エリアではシャチやアシカ、白頭鷲などの捕食動物がいます。そのような捕食動物たちから逃げられるよう素早く泳ぐため、そして見つかりづらくするためこのように変化しているといわれます。また、繁殖期には婚姻色と呼ばれる平常時とは異なる体色に再び変化し、河川に戻るのが一般的です。


レインボートラウト:

淡水型のレインボートラウトは、海に移動することはなく、川や湖などの淡水で生涯を終えるため、スモルト化のような変化をする必要がありません。そのため、鮮やかな色は保たれたままで、体も太く、尻尾が小さいのが特徴です。




降海型のスティールヘッド、そして淡水型のレインボートラウトを例に一般的なサケ科の生態を紹介しましたが、ワシントン州Puget Sound(ピュージェット湾)エリアでは、降海型、淡水型問わず、様々な品種のサーモン、またはトラウトが生息します。


(photo by VactorStock)


主に降海型の品種は、太平洋に通ずるピュージェット湾、またはコロンビア川、そしてさらに上流の小川や湖で孵化した稚魚が、河口を利用して淡水環境から海水環境へと適応 (スモルト化)をしていき、北太平洋アラスカ沖に向かいます。


種によっては1〜7年海を回遊したのち、9月から11月にかけて生まれ故郷である川に戻って孵化をし、生涯を終えると、新たに産まれてきた稚魚たちが、また産卵のために海に移動するサイクルです。


ここでPNWを故郷に持つサーモンまたはトラウトを一部ご紹介します。


Chinook (or King): チヌーク (別名:キング)



サケ科魚類の中では最大級で、大きなものでは体長1.47m、平均重量は8kg〜10kg。1970年代後半にブリティッシュコロンビア州にて世界記録となる57kgのチヌークが漁獲されている。背中と背びれ、尾びれにある小さい黒いスポットが特徴。ユーコン川産の個体では、川に入ってから遡上する距離が1,000kmを超えるものもいる。(photo by Issaquah Salmon Hatchery)



Chum: チャム



黒ずんだ濃い色が特徴的で海にいるときは背中にかけて、緑がかった青になる。淡水に入ると、劇的に色が変化し、オスメス共にお腹に赤紫色のストライプ模様が現れる。太平洋に棲息するサケ科のなかでも最も広く分布しており、最大で7年もの間アラスカ沖で暮らす。そのため、チャムはアラスカに住むブラウンべアーにとっての大好物で、厳冬期に向けて、栄養分のある皮と卵、脳だけを食し、エネルギーを蓄える。(photo by Issaquah Salmon Hatchery)



Coho (or Silver): コーホー (別名:シルバーサーモン)



随一のタフさが自慢のコーホーは、遡上する際、殆どのサーモンが避けて通るような滝でも果敢に立ち向かう。海にいる間はダークブルーの背中に、名前の通り銀色の側面だが、淡水に入ると真っ赤な側面に変化する。また、産卵期にはカイプと呼ばれる上顎が発達する傾向にあり、鷲のくちばしのように鉤状になる。(photo by Issaquah Salmon Hatchery)



Pink: ピンク (カラフトマス)



ピンクサーモンは太平洋に生息するサケ科の中でも、最も小さい種。産卵するために上流にアプローチすることは稀で、通常、より沿岸に近い小川で産卵期を迎えます。オスは、産卵の移動中にこぶが発達する傾向にあり、ニックネームとして「Humpies:コブ」と呼ばれている。(photo by SkyAbove)



Sockeye: ソックアイ(紅鮭)





ソックアイは、太平洋ではピンク、チャムサーモンに次いで一般的なサケ科。コーホーと同様、産卵期には身体の色が真っ赤に染まる。ソックアイという名前は、Pacific Northwest 地域のカナダ、ブリティッシュコロンビア州に居住する先住民の言語【sukkegh】から来ていて、「赤い魚」を意味する。一部のベニザケは、生涯を湖や川で過ごす内陸型がいる。それらは、遡上の品種よりもはるかにサイズが小さく、最大でも35cmほど。(photo by pinterest)



Cutthroat: カットスロート:ノドキリマス



カットスロートとは、cut=切る、throat=喉 の意味で、アゴの下に独特な赤いライン模様があることからこの名が付けられている。体長は比較的小型で、レインボーやブラウントラウトなどが輸入、放流される前から存在するネイティブのトラウトだが、非在来種による生息地の喪失や交雑などの影響で個体数が減少傾向にあり、モンタナ州などの一部地域では、特別な保護のもとある。(photo by pixels)



ネイティブアメリカンの教え: 時代を超えてサーモンから受け継ぐもの


(photo by pinterest)


ネイティブアメリカンにとってサーモンは、”豊かさ”、”繁栄”、”決意”、そして”再生”を象徴します。何千年もの間、サーモンは PNWを居住地とするネイティブアメリカンの主要な食料源であり、生活を支えてきました。


一部の先住民族では、サーモンは、海の奥底の村に住む不死の人間であると信じられていました。春になるとその不死の人間たちは、サーモンの姿を装い地上に住む人間たちに食糧として自身を捧げます。


そして、先住民たちは、その食したサーモンの骨を元の世界、海や川に戻すことによって魂が再び結合し、また春に戻ってくるという循環の思想を持っていました。


また、カナダ、ブリティッシュ・コロンビア州に居住するKwakwakaʼwakw(クワキウトル族)の文化では、双子を持つことは海底の村に暮らすサーモンの人々からの恩恵とみなされ、双子だけが伝統芸能である鮭の踊りを行う権利を持っていたといわれます。


(Photo by Pixels)


PNWの歴史を語る上で、サーモンは欠かせない存在であり、今日に至るまで絶えず、人々のライフスタイル、そして精神性の一部として重要な役割を担ってきたのです。



『最後の木が朽ち果て、最後の川が汚染され、最後の魚が釣り上げられた時、初めて、我々は、お金を食べて生きていけないことに気が付くのだ。』



カナダ、オンタリオ州を中心に居住する先住民族(ファーストネーション)、The Cree: クリー族 のことわざです。


近年、アメリカの北西部では、水温の上昇、ダムの建設、孵化場の慣行、乱獲など様々な要因によりサーモンが減少傾向にあります。


地球上で食物連鎖の頂点に立つ私たち人間は、自然にリスクをもたらす脅威となり得る存在であり、また、自然と共存し、地球環境の悪化を食い止めることもできます。


「偉大なる精神は全てのものに宿る」という思想の下、サーモンに敬意を払うPNWのネイティブアメリカンの教えは、現代に生きる私たちにとっても大事なスピリットなのかもしれません。


(Photo by Seattle Times)


参考文献

Issaquah Salmon Hatchery: https://www.issaquahfish.org/learn-about-salmon/

Salmon Culture of the Pacific Northwest Tribe: https://www.critfc.org/salmon-culture/tribal-salmon-culture/