2020/10/29 00:15
Image by Bob Adelman Archive
2017年夏、米国ワシントン州に留学していた私はとにかく活字に飢えていた。そもそも学事に勤しんでおり、読書に割く時間もあまり取れなかったこともあり、期末試験が終わった頃、その欲望はどっと高波のように押し寄せた。
何でもいいから読みたい。トランジットセンターの片隅に置いてあるフリーペーパーや図書館にある書籍など、とにかく文字があるものを読み漁った。そんな中、古本屋で偶然手にしたのが、レイモンド・カーヴァーの短編作品『Where I am calling from』だった。奇しくも、当時私が滞在していたワシントン州で生まれ育った作家の本を手にしたのだ。これが私と彼との出会いである。
レイモンド・カーヴァーの文章に宿るアメリカ北西部の記憶
Oct. 29 2020 by T.Osaki
レイモンド・カーヴァーは短篇小説を得意とする小説家・詩人です。1938年にオレゴン州で生まれ、その後ワシントン州に移り、約16年の間、新緑の地Evergreen Stateで過ごします。作品は短編小説が多く、少ない言葉と潔い文体でPNW特有の空気感、人間関係の生々しさを表現しています。
彼の短編作品のひとつ「サマー・スティールヘッド(夏にじます)」は,10月のPNWを舞台とした、少年の視点から語られる物語で、言葉少ないながらも巧みにその場の情景、少年の心情をありありと映し出しています。
この作品は、思春期の主人公が仮病を使って学校を休み、別の少年と川で巨大なサマースティールヘッド(夏にじます)を獲るという冒険の物語です。しかし、野心を胸に抱き、希望に満ち溢れている一般的な冒険の物語とは一風異なる作品となります。2人は1匹しかいない魚をどう持ち帰るかを揉めた末、魚を半分に切って持ち帰ります。主人公は意気揚々と帰宅するが、父親と母親は大喧嘩の真っ最中。両親の気を紛らわせようと魚を見せようとするが、
「こんなもの、どこかに持っていけ。お前、頭がいかれたんじゃないのか? 台所にこんなもの持ち込む奴があるか。さっさとごみ箱に捨ててくるんだよ!」
”Take that goddam thing out of here! What in the hell is the matter with you? Take it the hell out of the kitchen and throw it in the goddam garbage!”
と父親に叫ばれてしまいます。
「僕は外に出た。そしてびくの中を覗きこんだ。そこにあるものはポーチの光の下では銀色に見えた。そこにあるものでびくはいっぱいになっていた。僕はそいつを持ち上げた。僕はそいつをじっと持っていた。僕はそいつの半分をじっと手に持っていた。」
“I went back outside. I looked into the creel. What was there filled the creel. I lifted him out. I held him. I held that half of him.”
少年の冒険は唐突に踏み潰され、未だに魔法を手放せないでいる姿とともに物語は終わりを告げます。
ここで、物語の舞台となっている”Bachelor Creek”(作中では”Birch Creek”)と、作品のタイトルでもある「サマー・スティールヘッド(夏にじます)」を見てみます。
- Bachelor Creek
作中では”Birch Creek”と記されているこの川は、ワシントン州中部に流れる川であり、年間を通してフライフィッシング、スピニング、ベイトキャスティングができるスポットです。
Image by Bob Adelman Archive
カーヴァー自身も幼少期をこの近辺で過ごしており、実際にこの川で釣りをしていたとされています。彼ももしかしたら、この川で大物を捕らえていたのかもしれません。
- サマー・スティールヘッド(夏にじます)
アメリカではスティールヘッド(ニジマス)は北西部の川で一年を通して見ることができる。現在、アメリカの河川ではこのスティールヘッドを ”Summer-Run(夏にじます)” と ”WInter-Run(冬にじます)” に分類している。ワシントン州とオレゴン州では、夏にじますは5月から9月にかけて海から川に戻り、12月から1月まで産卵せず、一方、冬にじますは10月から3月にかけて海から川に戻り、4月から6月まで産卵しない。夏にじますは5から15ポンド(2.26kgから6.8kg)までになり、日本で確認されているものと比べると非常にサイズが大きいのも特徴。
Image by Gear Jankie
ここまでで、カーヴァーのPNWを舞台とした作品と、その舞台を紹介してきました。作中には少年の家から川までのルートが記されており、通りの名前から途中にある中華料理店、十字路から見える空港など、”Bachelor Creek” 以外にも実際のものと一致している箇所が多く見受けられます。つまりこの作品は、カーヴァー自身の伝記的なアプローチによって作られており、彼の少年時代の記憶が色濃く反映されているのです。物語の結末を飾る文章に見受けられるカーヴァーの独特な表現も、秋から冬にかけてのPNW特有の陰鬱さが培ったとも言えます。
きっと彼の作品を読んだ後にPNWを訪れれば、本の中で見えた景色や空気感を至る所で感じることができるでしょう。そして逆も然りであり、あの時見たPNWの光景が、文章の奥にもまた広がっているはずです。
参考文献:
- レイモンド・カーヴァー 村上春樹訳『頼むから静かにしてくれ<1>』、中央公論新社 (2006)、121頁。
- Raymond, Carver (1988) Where I’m Calling From, New York: The Atlantic Monthly Press.
- How to catch Summer Steelhead (https://riptidefish.com/how-to-catch-summer-steelhead/)
- 6 Effective Ways to Target Late-Season Summer Steelhead (https://gearjunkie.com/season-summer-fall-steelhead-fishing-techniques)
- Bachelor Creek Fising (https://www.hookandbullet.com/fishing-bachelor-creek-union-gap-wa/)
- Bob Adelman Archive (http://www.bobadelman.net/galleries/carver_country/)